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『PTA再活用論:悩ましき現実を超えて』

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著者:川端裕人(作家)
出版社:中央公論新社
出版年:2008年
出版社書籍案内ページ:http://www.chuko.co.jp/laclef/2008/10/150294.html

評者:尾見康博(山梨大学教育人間科学部)


 歩けるようになり、しゃべれるようになり、いろいろなものが食べられるようになり、おむつがとれて一人で用が足せるようになり・・・と、わが子の成長に感動するとともに、子育てという面ではずいぶん楽になってきたなあ、と思うのがちょうど小学校入学の頃ではないでしょうか。いろいろな個別の事情はあると思いますが、少なくとも子どもの成長によって、子どもに直接かける手間が少しずつ減っていくことは確かなように思います。

 ところが、小学校に入学したら再び子育てがしんどくなった、という方も少なくないのではないでしょうか。学童保育所の閉所時間が保育所より早かったり、習いごとやスポーツをはじめることにより車での送迎が頻繁になったり・・・

 そして、PTA。役員決めの際の凍り付くような、ながぁーい時間。「誰か手を挙げて」という思いむなしく、くじで外れたりじゃんけんで負けたり。それを見て同情したり、ホッとしたり。

 『PTA再活用論』では、その穏当なタイトルとは裏腹に、役員決めをはじめとした諸問題が、きわめて具体的にかつ明確に例示されています。その諸問題のなかには、PTAへの自動入会といった、多くの保護者にとっては問題として自覚されない、あるいは黙認してしまっている問題も含まれています。

 PTAの多くの行事がルーチンワークになっており、それぞれの行事やさまざまなきまりの目的や経緯を問う暇もなく、ひたすら目の前の仕事をこなしていくという役員の方たちの毎日。その結果、時宜にかなった事業を新たに立ち上げても、形骸化した事業をやめることができずにただただ全体の仕事量が増えていくという構造。だったら意味があったとしても新しいことはやめることしようという判断。これらはおそらく、日本中の多くの組織に共通する問題であるようにも思いますし、この本はそのことを改めて認識させてくれます。PTAの問題を超えて他の組織にも適用可能な広がりをもっているということは、PTAに関与した経験の有無を問わず、ここで指摘されている多くのことが誰にとっても無関係では済まされないものだということにもなります。

 私もPTA副会長の経験があり、やはり副会長経験者でもある著者の川端さんとは相当程度これらの問題を共有できます。実際、校長や教育委員会との間で激しいやりとりをしたこともあります。でも、川端さんが指摘する自動入会問題には目をつぶっていましたし、これらの問題を世に問うこともしませんでした。その意味で川端さんの姿勢にはただただ頭が下がります。
 と、このように書くと、川端さんが非常に冷徹で人情に薄い人間に思えるかもしれません。そこで最後にフォローを。

 実は某学会の企画で川端さんと対談したことがあります。そこであらためてわかったのですが、ご自身のしんどいPTA経験がこれらの指摘の背景にあるだけでなく、PTA活動を通じてうつ状態になってしまったり、大病を患っていることを言えずに役員になってしまったりした方々のズシリと重たい思いが、鋭くかつ容赦のない指摘の背景にあったのです。もちろん、楽しく生き生きとPTAに関与している保護者の方も多数いると思います。でも、川端さんは、その陰で、生活自体が不本意に振り回されたり、きわめてつらい思いをしたりしている方たちに温かい視線を向けているのです。この本でも随所にその視線を感じることができます。

 でも、それよりなにより、この川端さん、最近(2013年2月)までNHKで放映されていた人気アニメ『銀河へキックオフ』の原作者でもあるのです。多くのサッカー少年を釘付けにしたこの作品の原作者が人情に薄いわけがないではないですか! お目にかかったときにはそのことを知らず、息子が持っていた単行書『銀河へキックオフ』にサインをもらい損ね、妻に非難されたことはここだけの秘密です。


【評者紹介】

尾見康博 : 山梨大学教育人間科学部