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『「おんなじ」が生み出す子どもの世界ー幼児の同型的行動の機能』

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著者:砂上史子
出版社:東洋館出版社
出版年:2021年
出版社書籍案内ページ:https://www.toyokan.co.jp/products/3723

評者:吉永安里(会員)


 本書は、幼児が他者と同じことをする同型的行動に着目し、その具体的な動き、物、発話といった媒介と特性を分析し、同型的行動が仲間関係に及ぼす影響や、仲間関係において果たす機能を明らかにしたものです。著者は2年にわたり幼稚園の4歳児クラスと5歳児クラスで91回、時間にして455時間もの膨大な観察データを取り、緻密な考察を加えており、非常に優れた質的研究となっています。

 本書では、同型的行動について幼児が他者と同じことをするといっても多様な場面があるとし、大きく分けて「同じ動きをすること」「場を共有し同じ動きをすること」「同じ物を持つこと」「同じ発話をすること」という4つの視点から分析をしています。

 「同じ動きをすること」の事例であっても、子どもにとっての意味は多様で、一緒に遊んでいる仲良しが仲間意識で同じ動きをすることもあれば、一緒に遊んでいない仲良しが仲間意識だけで同じ動きをすることもある。また、一過性の遊び仲間でも同じ行動をすることによって仲間意識が生まれる場合もあれば、仲良くない同一の相手に向けて同じ動きをすることで、外部の他者に対して、仲間関係を示すこともある、としています。

 「場を共有し同じ動きをすること」の事例では、遊びの中で他者が作った場に入る際には場の使い方を教え、教えられるという場の共有がなされ、それが遊びへの仲間入りの承認や働きかけとして機能していることも示唆されています。

 また、「同じものを持つこと」は同じ動きをすることに埋め込まれる形で遊びのイメージや仲間意識の共有をすることにつながっていくことも明らかとなっています。

 さらに、「同じ発話をすること」の事例では、積み木でつくった宇宙船に入ってきた子どもに対し、それまで宇宙船を作って遊んでいた複数の子どもたちが、一様に「のんないで」という発話を繰り返す場面が取り上げられ、同じ発話をすることには仲間入りの拒否を表明する機能があることを示しています。一方で、時には拒否や牽制を示す言葉の反復が、笑いを帯びて、からかいやふざけになることや、遊びに変容していくという相互作用に質的変化をもたらすことも示唆されています。

 こうした他者と同じ動きをするという同型的行動は、対人的コミュニケーションの基底となる身体の情動価(Vitality affect)を生じさせ、自分自身にとっては内受容的な身体感覚をもたらし、他者に対しては視覚を通して可視化することで、仲間関係に実在感を与えるものである、と著者はまとめています。

 本書では、これまで現場で経験的、直感的に理解されてきた「仲のよい子ども同士は同じことをする」という事象がどのような媒介によってどのように仲間関係に影響するのかを実証的に示しています。また、幼児期後半には減少し、からかいのようなネガティブな意味をもつようになるとされてきた「同型的行動」が、年齢ではなく個別で具体的な同型的行動の「質」によるものであることも明らかにしています。これらの知見は、著者が「子ども同士の何気ないささやかな現象に目を凝らし地道に記述すること」を丁寧に、時間をかけて積み上げてきたもので、研究的にも大きな意義があります。本書は、著者の博士論文「幼稚園における子ども同士の同型的行動の研究」(2013年3月)を基にしたものですが、再構成され、保育者や保護者、日々子どもにかかわるすべての人にとってわかりやすくまとめられています。意義のある研究が、単に研究者のための専門書にとどまることなく、広く一般の読者にとって学び多き書となっている点も、また素晴らしい試みであると感じました。

 


【評者紹介】

吉永安里(國學院大學准教授)