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少子化問題を別の視点から考える

青柳 肇

掲載:2010年9月5日




 子育ての問題が世の中でこれほど熱心に取り上げられているのは、今までなかったことだと思います。その大きな原因のひとつは、日本の少子化問題であることは想像に難くありません。私は人口学の専門家ではありませんから、この問題を少し違った視点から考えてみたいと思います。

 第2次世界大戦後のべビーブームといわれた1947年では、合計特殊出生率は、4.0を超えていたと言われます。現在のその値は、1.37ですから1/3になってしまったことになります。その原因のひとつは、核家族化にあるのでしょう。60年前の日本は、子どもが多くても母親の負担は今思うほど高いものではなかったのではないでしょうか。子どもが多い場合、お兄ちゃんやお姉ちゃんが母親の子育ての一部を担っていました。かく言う私も、4人きょうだいの一番年長でしたから、親から弟や妹の世話を任されたことが多々ありました。また、隣近所のおばさんが育児経験の乏しい若い母親に子育ての相談にも乗ってくれていました。しかし、現代の日本では、核家族化による母親の社会からの孤立が進み、母親は子どもの数が少なくても閉塞状況に置かれ、一人苦しんでいると言われています。核家族化と関係して、昔の日本人の家族中心的な考え方から個性尊重、個人主義的傾向への移行も関係していることが挙げられます。内閣府大臣官房政府広報室(2005)が20歳から70歳までの男女に行った調査によれば、「結婚しても必ずしも子どもをもつ必要はない」という考え方は、年齢が若い人ほど多いことが示されています。年齢が若いので、経済的に子どもをもつ余裕がないということもあるのでしょうが、その根底には個性尊重の考え方が日本人の心に根付いてきていることがうかがえます。その考え方と関連して、女性の自己実現への希求が強まっていることも少子化の大きな原因になっているでしょう。男女を問わず、個々人が自己実現へ進む傾向は、多くの日本人が受け入れてきたものだと言えます。いまや女性の社会進出は、当然のことと考えられるようになってきました。

 こうした背景があるからでしょうか、子育て支援というと政府や自治体は、子ども手当てや保育所の増設を真っ先に取り上げて対策が打たれようとしている気がします。その考え方はわからないでもありません。しかし、私にはそれで少子化が止まるようには到底思えないのです。

 2004年に厚労省が1.歳6ヶ月の子どもを持つ母親に、子どもを持ってよかったと思うこと、負担に思うことに関して行った調査では、主な結果は以下のようになっています。 よかったと思うことでは、「子どもとのふれあいが楽しい」というのが83%で第1位、「家族の結びつきが深まった」が67%で2位になっています。一方、負担感では、「自分の自由な時間が持てない」が64%で1位、「子育てによる身体の疲れが大きい」が39%で2位でした。

 この数字をみて、注目すべきことは若いお母さんは、子育てを「負担感」より「楽しみ」と考えていることのほうがずっと多いということです。おそらくこの結果は、若いお母さんたちは周囲の人たちの子育て様子を見て大変だと思っていたのが、実際に子どもを育ててみると意外に楽しいものであることを発見したからではないでしょうか。私は、今のお母さんたちが子育てを否定的に捉えていないことに正直ほっとしたものを感じます。現代の若い人たちは、子育ては楽しいものなのだと感じていると同時に、自己実現も求めているのです。それらが両立できるような政府のきめ細かな施策が必要な気がします。そのためには、たとえば幼い子どもを持つ母親の職場でのフレックスタイムの導入、子どもの年齢が進んでからの職場復帰制度、などももっと積極的に考えてもいいのではないでしょうか。企業によっては、そうした制度を既に導入しているところもあると聞きますが、まだ十分世間にいきわたっているとは思われません。政府や自治体がもっと積極的にそうした施策を取り入れて企業を指導してほしいと感じます。

 少子化は、子どもを持つことで自己実現が阻害されてしまうと考えている女性が多いからという考え方もあるようですが、この二つが両立できないことであるとは思われません。

 背反的な事象と捉えて楽しくすばらしい子育てという経験を放棄してしまうのは、人生の半分を損しているという気がしてならないのです。

【著者紹介】

青柳 肇: 早稲田大学 人間科学学術院 教授