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『子どもへのまなざし』

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著者:佐々木正美(児童精神科医)
出版社:福音館書店
出版年:1998年
出版社書籍案内ページ:http://www.fukuinkan.co.jp/bookdetail.php?isbn=978-4-8340-1473-0

評者:小湊真衣(桜美林大学・田中教育研究所)


 「子育てをしている一般の方々向けの企画として、本を1冊選んでもらえませんか」と打診された際、真っ先に私の頭に思い浮かんだのは、この本でした。子育てをなさっている保護者の方からも時おり、「おススメの本はありませんか?」と尋ねられることがあるのですが、その際にも私は必ずこの本の名前を挙げることにしています。

 この本は20回にもおよぶ佐々木先生のご講演をまとめたものです。本を手に取られた方は、その厚さに驚かれるかもしれませんが、内容は先生の講演記録をもとに書かれているため、全体を通してとても読みやすく、すらすらと読み進めることができます。この本を読んでいても、「本を読んでいる」という感じはしません。まるで講演会場で、佐々木先生のご講演を聞いている時のような不思議な感覚を覚えます。

 「子どもの要求や期待にできるだけ十分にこたえてあげること」の大切さや、「将来幸せになるということも大事だけれど、それより何倍も、今この瞬間、この子が幸せに過ごすことができるように」という視点で育児をすることの大切さなど、子育てを経験したことがある者にとっては目からウロコが落ちるようなアドバイスが、単なる精神論としてではなく、しっかりした根拠とともに述べられているのがこの本の大きな特徴です。

 またこの本には、育児に関することだけでなく、生き方に関する姿勢や人間関係に関するアドバイスなどもたくさん書かれていますので、もう子育てを終えられた方や、これから子育てをするかもしれない方にも、広くお勧めすることができます。

 厚い本ですので、始めから最後までを一気に読むのではなく、むしろ日々の生活の中で時間ができた時、子育てに疲れた時、子育てについて悩んだ時…等に、パラパラとめくり、「あ、ここはちょっと気になる…」と思った部分を読む、というスタイルで、長く手元に置いてじっくり味わっていただきたい本だと思っています。表紙をはじめ、随所にふんだんにちりばめられた山脇百合子さんのやさしいイラストにも、心が和まされます。

 今回ご紹介させていいただいたこの本には、続編として『続 子どもへのまなざし』(2001年発行)、『完 子どもへのまなざし』(2011年発行)があります。どちらの本も、それぞれまた違った部分に力点が置かれていますが、全体に流れる大きなテーマは共通しており、読むたびに新たな発見があります。この本をご覧になって興味を持たれた方は、ぜひお手に取ってみてください。

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(余談)

 ところで、現在私がお世話になっている田中教育研究所という研究機関では、毎年夏に保育関係者向けのセミナーを開催しています。そのセミナーでは、毎回この本の著者である佐々木正美先生を講師としてお招きしているのですが、先生にお会いしてお話を伺うたび、先生の温かいお人柄に深く感銘を受けています。

 講演会でも、優しく穏やかな口調で聴衆に語りかけ、決して上から一方的に決めつけたり、偉そうに指導者ぶるようなことはなさいません。けれど、子どもの育ちを妨げてしまう可能性のある事柄、特に大人の側の勝手な都合で子どもが振り回されることに関しては、それが何故望ましくないのかを優しいながらもしっかりと教えて下さいます。

 先生自身が大変な苦労をされ、様々な努力と試行錯誤を積み重ねてこられた末に辿り着かれたアドバイスには、とてつもない切実感と説得力が込められています。想像を絶するほどの厳しい現実を知り尽くした上で、なおも限りなく優しい先生のまなざしとアドバイスには、会場係であるスタッフ達ですら、毎年舞台袖で涙してしまいます。

 私自身、毎年佐々木先生のお話に深い感動を覚えるたび、「あぁ、この話をもっと多くの、子育てに関わる人に聞いてもらえたら…」と思っていました。もしそれができたら、親も子どもも、お互いに今よりもっと幸せな時間を過ごせるようになるはずなのに…と思うのです。

 けれど、時間的にも金銭的にも様々な制限があり、精神的にも肉体的にも日々休まることがない保護者にとっては、講演会に足を運ぶことすら容易ではありません。そこで、そんな方にはぜひ、この本を手に取っていただけたらと思います。きっと、これから先の子どもとの関わり方や、ご自身の生き方に対して、新たな気づきを得ていただけることと思います。


【評者紹介】

小湊真衣 : 桜美林大学・田中教育研究所