趣意書



 子育ての問題は、いつの時代でも人の関心を引いてきた。しかし、この言葉が、今ほど話題にされた時代があったであろうか。

 話題にされる背景の一つには、少子化という社会問題があることは想像に難くない。国も、自治体も、国民も、子育てが実は国家存立にも関わる重要な行為であることにあらためて気づき始めたと考えられる。こうした点から考えると、子育てが家庭の特定の人のみに委ねられる時代は、終わったと言っていい。

 一方で、現代日本の子育てをめぐる環境は、核家族化、希薄になったといわれる近隣関係など必ずしも望ましいものではない。頻発する子どもへの虐待、若者による凶悪事件の度に問われる家庭や学校や社会の在り方の問題は、ただ、親だけの問題に矮小化して済ませるわけにはいかない。

 そうした考えが反映してか、各自治体も民間のグループも、母親をはじめとする保護者の子育て支援に様々な施策を講じてきている。その努力は大いに賞賛されてよい。

 一方、子どもの発達過程で生じる問題を解決する手段の一つとして、子育て研究がある。しかし、子育研究に関しては、実際に役立つようなものは未だ少ないのが現状である。そのことは、われわれ研究者の怠慢に帰する面も多々あると言わざるを得ない。そこで、子育てに多少なりとも関わる研究者の中から、実際に役立つ研究のための子育てに関する学会を立ち上げる話がもちあがった。

 子育て支援には、直接的なものから間接的なものまでさまざまな面があるが、目指す学会ではその活動を通じて、実践的な研究という視点から子育て支援に関わるとの考えで一致した。

 子育ては、母親をはじめとする保護者の経験やその伝承に基づいて行われている部分も少なくない。そうした経験は貴重であり、尊重すべきことでもある。それと同時に子育てに関して多くの人が抱いている「信念」には、正当価値の伝承という側面もあるが、変化の激しい時代にあっては新しい価値との葛藤がつきものとなり、両者のバランスを求めることが、現代のひとつの課題となる。

 また、子育てというと乳幼児期や児童期といった比較的低年齢層の子どもが対象であると捉えられがちであるが、この学会では、成人期になるまで(20歳)、場合によっては成人前期(30歳くらい)の子どもの子育てを研究対象とする。これは、寿命の延びによる青年期延長やそれに伴って出現してきた問題、逆に前傾現象の見られる領域があることとも関係する。さらに、発達の問題を横断的に捉えるだけでなく、縦断的、コホート的に捉えたいという願いも込められている。

 そうした立場に立ち、この学会では、「よい子育てとは何なのか」、「よい子育てのための環境、教育環境、教育文化とはいかなるものなのか」を大きなテーマにして研究を進めたい。

 さらに、日本では、子どもの発達環境として、家庭ばかりでなく保育所、幼稚園、学校という機関が、大きな比重を占めていることがあげられる。日本の子育てにおける大きな特色のひとつとも言えるが、各機関のもつさまざまな側面が子どもの発達に及ぼす影響を探ることなども視野に入れた研究を行うことを考えている。具体的には、近年発足した「認定子ども園」の教育内容は、戦前からの幼保一元化の問題に引き続き今日に至るまで大きな課題のひとつであった。こうした意味から、「発達に即した教育」ばかりでなく、「教育に即した発達過程の解明」の問題も取り上げたいと思っている。

 ここで述べてきた研究はわれわれの目指す研究の一例であるが、従来の学会と変わらないのではと考える人もいるであろう。すなわち、子育てに関して一般的なことを述べているだけで、個々の家庭や機関の子育てには役に立たないのではないかという疑問と言っていい。研究者には、子育てに関して保護者(母親)や支援者、保育士や教諭からの要請に十分応えて来なかったのではないかという反省がある。多くの研究の問題意識は、文献の中から発せられ、関心はその学問内部に閉じられたものになり、生きた人間の生活現場に返されることは少なかったという面があったのではないか。そうした反省から、発達や教育の普遍性の問題とともに、それらの個別性の問題も扱いたいと思っている。最終的には、個々の子どもの発達の諸問題を解決することこそが、子育て現場からの要請にこたえることになると確信している。

 また、この学会では保護者を個人として支援するばかりではなく、所属する子育てサークルを支援することも視野に入れることを大きな特色とする。そのことによって、保護者が学会を身近なものと感じ学会入会への抵抗感を低減すること、保護者個々人の連帯をより強められること、さらには多くのサークルの連携を強められること、保護者からの子育てへの問題意識が出現しやすくなること、研究を含めた子育て支援活動が活性化するであろうこと、などを考えるからである。

 そうした諸点を勘案して、本学会では以下のような三点を踏まえた組織になることを目指す。

 ①保護者、子育て支援者、研究者の三位一体の研究

 研究の出発点は、研究者からだけの視点ではなく、現場すなわち保護者および子育て支援者(※1参照)と研究者の協同による問題意識を中心に据えたい。したがって、保護者、子育て支援者、研究者が三位一体となった研究を理想とし、研究の成果は、直接的にも間接的にも子育て実践に役立つことを目指したものとする。ただし、個人会員またはサークル会員単独の発表も可とする。
 三位一体の学会を具体化するための研究体制を組織化する必要がある。学会活動は、従来型のそれと同じく、研究発表、出版、情報提供、講座・研究会の開催を行う。さらに、三位一体研究を実現するために、特に研究推進部会(仮称)を設置し、研究者、保護者、支援者の協同研究(ユニット)活動を支援する。研究者は、「研究情報の収集、研究法の検討、報告書の作成や研究発表」などを行い、保護者と支援者は、「テーマ作り、実践活動の報告、チーム作り、研究の実施」などを行う、といった役割を基本にする。ただし役割は、ユニットごとに柔軟に対応する自由度をもつ。そうしたユニットの活動では自主性が尊重され、学会はそれを支援する態勢をとる。

 ②さまざまな問題に応えられる学際的な学会

 子育てに関する実践研究には、医学、心理学、教育学、福祉学、社会学など様々な分野が関係するが、子育ての問題解決にはこれら一つ学問だけで十分行われるのではなく、それら相互の連携や協力も必要である。したがって、最終的にはこれら諸分野を糾合した学際的な学会を目指すことになる。実践に役立つと考えられるテーマを子育て現場から募集し、場合によっては学会や研究者が設定して、学際的な研究を行ってその結果を現場に反映させていくように努める。

 ③保護者、支援者の組織的連携を図り、その要請に応える人材バンク的な機能を有した学会

 従来型の学会とは異なり、社会に開かれた学会にするため、保護者や子育て支援者の要請にできるだけ応じる姿勢を持つ。そのため、事業として、保護者を支援する組織間の研究や活動の連携を図ることも目指す。たとえば、子育て支援の組織は、自治体、各種法人、個人的サークルなど数多く、多様に存在しているが、それらの研究や活動の連携をサポートしていく。その意味でも、支援に有用な人材の派遣が可能になるような、いわば人材バンク的機能も学会の役割として求められると考える。すなわち、立法府・行政府、各自治体の子育て支援担当者、教育・保育の現場のスタッフ、医療の現場のスタッフ、子育て支援のボランティアグループなどにも積極的に参加を要請し、最終的には、保護者や支援団体からの要請に応えられる、子育て支援ネットワークの創設を目指していきたい。

 上に述べたように、本準備委員会の考える学会は子育てに関わる市民参加型の学会を目指している。したがって、特に入会資格を設けることはしない。そういうわけで、多くの方の参加を望んでいるが、現在のところその事業内容や会員の構成の概要は別紙に示すように考えている。趣旨にご賛同いただけるのであれば、積極的にご参加いただければ幸いである。

以上

日本子育て学会  設立準備委員会一同