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『マンガでわかる 精神論はもういいので怒らなくても子育てがラクになる「しくみ」教えてください』

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著者:中島美玲(著)・あらいぴろよ(画)
出版社:主婦の友社
出版年:2022年
出版社書籍案内ページ:http://shufunotomo.hondana.jp/book/b598157.html

評者:佐柳信男(会員)


 この本のプロローグの章のタイトルは『「ダメなママでごめんね」はもう卒業』ですが,実はこの本,「できるママになるためのアドバイス」が書かれている訳ではありません。この本は,育児ハウツー本ながらも認知行動療法を取り入れ,自分を実は苦しめている「考え方のクセ」に気づくことを促します。「ダメなママ」と思ってしまうのは,「親というものは〜でなければならない」というような思い込み(=「考え方のクセ」)が原因であることが往々にしてあります。「〜でなければならない」という考え方について「本当にそうでないといけないのか?」と見つめ直し,不必要な思い込みを捨てることによってより柔軟に行動を変化させ,よりラクに生活できるようになるのです。

 そういうことで,この本は,小学生によくあるトラブル——忘れ物をする,宿題をなかなかやらない,朝の支度が遅い,ゲームをやめられない,夏休みの宿題がギリギリになってしまう——に対応できる方法を紹介しています。それぞれの章はマンガによる導入ではじまります。小学生の息子,歩くんに振りまわされる日向ママが,家に棲む「忍者系妖精」のリンリン(著者の化身だと思われます)に助けられながら問題を解決していきます。マンガの後には文章による解説があり,専門的な知識がなくても具体的にどのようにすればよいかわかりやすく説明されています。つまり「どのように環境を変えれば問題が発生せずに済むかを考える」のが基本となり,たとえば,帰宅してプリントを親に渡さずに忘れ物をしてしまうのは小学生の家庭では「あるある」なことですが,日向ママの家庭では,歩くんが帰宅してすぐにランドセルを置き,その横にプリント類をすぐに出す場所を設置するという「しくみ」を作って解決しています。

 認知行動療法は,問題行動をなくしたり変えたりすることによって生きづらさを減らそうとする心理療法の一種です。著者は「問題行動の原因をその人の人格や性格のせいにしない」「変えるべきは性格ではなく環境です」と書いています。たしかに,「計画性がない」「だらしない」のように問題行動が本人の性格のせいだとしてしまうと,「もっと計画的にやるようにがんばる」「きちんとする」というような曖昧な答えしか出ません。「なるべく怒らないように寄り添う」という抽象的なアドバイスも,問題への対応は放置されます。著者はそのような曖昧な改善策を「精神論」だと断じています。

 読んでいて評者が気になったこととしては,この本の中でパパが子育てに参加する気配が感じられず,登場人物の日向ママがすべてひとりでこなしていたことです。「パパは激務で頼れない」という設定にはなっていますし,たしかに,日本の現在の働き方の「しくみ」の中で男性はとても育児参加が難しい場合が多く,実際にはママがワンオペで子育てを担っていることが多いでしょう。シングルペアレント家庭が増えているという実態もあります。登場人物を最小限に抑えてできるだけシンプルに伝えるという意図もあったのではないかと思いますが,「ママがひとりで子育てをするもの」という「考え方のクセ」も,実は子育てを大変にしている原因のひとつなので,その意味でもパパや家族も参加する子育てのあり方についても触れてほしかったところです。

 一方で,現在の世の中の「しくみ」では男性が子育てに参加しようとしても,各家庭での工夫だけではどうにもできないということも事実です。男性がより育児に参加しやすい「しくみ」を提案していくことが子育てに携わる研究者の重要な使命であることを再認識しました。

 


【評者紹介】

佐柳信男(山梨英和大学人間文化学部教授)