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『子どもの発達格差 将来を左右する要因は何か』

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著者:森口佑介
出版社:PHP新書1264 PHP研究所
出版年:2021年
出版社書籍案内ページ:https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84978-2

評者:高橋千枝(会員)


 本書は子どもの実行機能や向社会的行動に見られる差が将来の健康や経済面に影響を与えることを様々な研究結果から明らかにし、実行機能や向社会的行動が相対的に低い「今を生きる」子どもと、相対的に高い「未来に向かう」子どもの発達格差について説明をしています。著者が示す「実行機能」とは目標に向かって自分をコントロールする力であり、「向社会的行動」とは相手の困った様子をみて自発的に親切にする力です。子ども達の未来にはこの実行機能と向社会的行動の発達が影響しており、そしてその根本には他者への信頼があるということを述べています。

 例えば、大人から目の前にある一個のマシュマロを食べることを15分我慢すればマシュマロを二個もらえると言われた時に、「今を生きる」子どもは自分をコントロールできずに目の前のマシュマロを食べてしまいます。一方で「未来に向かう」子どもは二個もらうことを期待して我慢することができます。ただし、マシュマロを我慢することができるというのは子どもの実行機能の特徴ですが、「待てば」という大人を信頼できるからこその結果でもあります。待つことができるようになるには、安心できる環境下において、責任を持って自分の面倒を見てくれる養育者との信頼関係を構築しているからこそ、大人を信頼できる結果であると筆者は述べています。

 ただし青年期は、一時的に性ホルモン等による影響で報酬に対して衝動的になることもわかっています。筆者は児童期や成人期より青年期の方が衝動的な行動を取るというお金(報酬)を用いたテストの研究結果を紹介しながら、子どもの発達を長期的に見ていく必要性にも触れています。

 その上で本書では子どもたちの発達格差を是正するために、どのような支援ができるかを考えています。貧困のような経済的理由や他者を信頼することができない環境下の子どもは、「今を生きる」ことを選択せざるを得ません。子どもたちへの支援は子どもの能力への支援だけではなく、子どもたちが置かれている環境とセットで考えることが必要なのです。これまでにも保育・教育施設への支援や教育プログラムの開発、また貧困支援としての行政の介入等の支援が行われてきています。親支援については、ジャマイカの貧困家庭における縦断研究から、家庭にミルクを支給するよりも、親に子どもとの遊び方やかかり方を教えた方が、子どもの認知面や行動面に様々なポジティブな効果が認められたという調査結果を紹介し、子どもへの関わり方の支援の必要性について説明しています。時間のかかることでもありますが、養育者(親)が子どもに対して敏感に対応し、先回りすることでも、代わりにやってしまうことでもなく,温かく見守りながらほんの少しだけヒントを与え、子どもが自分でできるように支援する「足場づくり」の態度を育てることが重要なのです。私たちは支援、支援といって、むしろこの素朴な当たり前の対応を忘れてしまっているのではないかと本書を読みながら改めて考えてしまいました。

 最後に本書では、新型コロナウィルス感染症の拡大状況の中で懸念された,実行機能や向社会的行動の影響についても述べています。今後長期的に検討していく必要があることを前提とした上でですが、少なくともコロナウィルスが拡大した第一波や第二波の前後では大きな変化がないことがわかりました。また他者への信頼としての親子間の心理的距離は、お家時間が長いためかむしろ縮まっている可能性を示唆しています。一方でデジタル機器に使われてしまう子どもと、デジタル機器を使いこなす子どもとの格差が拡大してくことが懸念されるため、実行機能や向社会的行動も含めてその点の支援を検討していく必要があるようです。

 


【評者紹介】

高橋千枝(東北学院大学文学部准教授)
※掲載にあたり広報委員会にて加筆修正