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子育てのクロス・ロード 4

梅崎高行/細川美幸 往復書簡

掲載:2018年8月18日




リニューアルされたクロスロード子育て編。
学会理事の石井先生が「前回みたいな(習い事の)クロスロードは1年に1回でいいからね。肩ひじ張らずに書けばいいからね」と優しく言ってくださいました(笑)。
背中を押してくださった石井先生に感謝しつつ,子育てのクロスロード,行ってみたいと思います。
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 あなたは親です。
子どもがきょうだい喧嘩をしています。下の子が泣きついてきました。
あなたは上の子を叱る?

細川  
梅崎さん 
 梅崎家ではどんなですか?きょうだい喧嘩。私の場合,子どもが喧嘩をしているときの感情がいくつかあります。

感情①あ~もう,うるさい,せからしい
感情②喧嘩をするということは,子どもたちが対等に育ってるということ,健康なこと
感情③いや,私の愛情不足で子どもがイライラしてるのかも?
感情④どうして私は子どもの喧嘩にイライラするのだろう?
感情⑤別にイライラせずに喧嘩を放っておけばいいのになぜできない?
感情⑥私たち親が喧嘩を成敗するから子どもが泣きつきにくるんだ

などなどです。

子どものきょうだい喧嘩なんて,放っておけばいいのに,なぜか終わらせたくなりません?子どもが仲良く遊んでると幸せなきもちになるのですが喧嘩してるとこちらも熱が上昇します。これも情動伝染?!

梅崎パパは,どうしてるかなーと思って尋ねてみました。




梅崎  
 ウチも2人の子どもがいます。上が明日11歳になる女の子(H)。下が6歳になって2週間の男の子(K)です。毎日喧嘩しています。

 ところで仕事柄,保育所やこども園をよく訪ねます。するとここ1~2年,縦割り保育を導入したという話をよく聞きます。

 先生方は口をそろえて,「最近ではきょうだい喧嘩も経験せずに大きくなってしまう子どもがいるんです」と導入の理由を語ります。それに対して細川さんは,何を悩んでいるのでしょう?(笑)

 ただ,多少は細川さんの気持ちがわからないでもありません。私の妻もきょうだい喧嘩にはセンシティブだからです。

 もちろん妻が一人っ子で,きょうだい喧嘩に慣れていない,ということではありません。確か細川さんにもごきょうだいがいらっしゃいましたよね。ではなぜ気になるのでしょう。

 いくら考えてもわからないので,手がかりが得られないものかと,冒頭でご紹介したH(長女)とK(長男)にインタビューしてみました。

Q1 なんで喧嘩するの?
H 自分にとってイラッとくることをされて嫌だから
K 喧嘩するほど仲がいいっていうから

Q2 喧嘩した後,どんな気持ちになるの?
H またやっちゃった。でもKが悪いし…
K Hちゃんも痛いことやったし。でも僕も悪かったかなあ

Q3 きょうだいがいてよかったと思うことは?
H みんなに「弟がいていいね」って言われる
K 優しいお姉ちゃんがいる

Q4 きょうだいがいて嫌だったことは?
H おやつの量が同じこと。あと,お姉ちゃんだから譲りなさいと言われるときに,きょうだいがいて嫌だと思った
K Hは好きなことばっかりやって,僕もやりたいって思う

Q5 きょうだい喧嘩の後,ママから怒られてどう思う?
H なんで私ばっかり怒られるの?
K Hも悪かったし,僕も悪かったって思う
           2018年7月30日(月)市民プールから帰った後@帰省先の田舎で

 うーん,もっとわからなくなりました(笑)。

 帰省先には私と子どもの3人で先に戻っており,妻は後から合流する予定なのですが, きょうだい喧嘩に対する感情には,女親と男親とで性差があるのでしょうか。私はあまり気にならないんですよね。

 それどころか妻の繊細さに,口を出したくなることさえあります。

 というのも,ウチのきょうだい喧嘩は妻が構成して(つくって)いる? と思うことすらあるからです。

 妻も,細川さん同様に,子どもたち2人が仲がいいと幸せなようです。

 たとえば子どもたち2人がソファで仲良く本を読んでいるとしましょう。

 妻は幸せな様子でそれを眺め,その雰囲気を長く続けようとします。

 でも,狭いソファでそれぞれが本を読んでいれば,足と足が接触するとか,些細なことで喧嘩も生じますよね(だいたいウチの喧嘩はそのパターンです)。

 その場合,私などは気にならないのですが,妻はとても悲しむんですよね。
で,2人を諭したりするのです。

 でも,私に言わせれば喧嘩は時間の問題で,目に見えていたことです。

そんなに嫌であれば,ソファには2人で座らせないとか,先手を打てばいいのにと思ってしまうのです。

 おそらく子どもなどは,この後何が起こるかわかっていて一緒に座っていると思いますし,喧嘩している最中も,この後もまた一緒に座ることになるだろうと思っていると思うのですが。

 ということで細川さんの3人のお子さんにも,ウチの子どもたちに言うように伝えたいと思うのです。「喧嘩できて幸せだね」と。

 今日のコラム,細川さんはなんだか納得してくれなさそうですが(笑),とりあえずのリプライに代えさせていただきます。



細川  
梅崎さん 
 お返事をありがとうございました。そうです,そうです,ここですよ,『きょうだい喧嘩は 妻が構成して(つくって)いる?』!似ています。私の実感と。「私」が喧嘩を作っているのではないか,という実感です。

 自分が保育の現場にいた場合,もしくは,保育者養成者として学生に話す場合,喧嘩を肯定的に捉えます。そして見守る(?)ことができます。手が出て危険な状態にならない限り,「二人とも頑張れ~」と思ってポジティブに応援することができるのです。ところがどっこい,自分の家の自分の子どもとなると,さてどうでしょう?ポジティブに応援なんて,できません。そして,子どもが私に言いつけにくるのです,「お兄ちゃんが!」「妹が!」と。

 そして,私も「あんたが悪い。あんたも悪い。」と成敗する。もしくは「離れなさい」と助言する。そうして,喧嘩の状況は一時的に無くなるのです。そうすると,また喧嘩が起ると,子どもが私の方を見る(感じがする)のです。『母ちゃん,どうするかな』『母ちゃん,どっちを怒るかな』『母ちゃん助けて,終わらせて』と。そしてまた,どちらかが言いつけに来る。時にはトイレにまでやってきますよ。そして私から「悪い」と言ってもらって,もしくは「わかった」と聞いてもらって水戸黄門のようにまたまた一話完結,収束です。

 保育者養成の場合,この在り方を私は否定します。年少さんなら「良い―悪い」の大ブームの時期なのでよくあることだけど,年長になってまでこの状況が続いていたら,「ちょっと,先生考えましょうか」と保育者と保育を再考します。

 梅崎さんのリプライで,私は,待てない・放っておけない自分にイライラしていたことに,焦点が絞れました。梅崎さんの「(喧嘩を)構成する」という意味と同じかどうかはわかりませんが,私が彼らの喧嘩に参与してしまう(巻き込まれてしまう)ことで,不要な喧嘩を生んでいないか,ということに悩んでいたのでした。

 でも,私は,保育者じゃなくて,母親でした。いいや,このままで(笑)。 そりゃあ,巻き込まれるさ!

 そういえば,学生にも言ってました。「保育者とママは,違うからね。ママになったとき,家の中でも保育をしちゃだめよ」,なーんて。

 うちの子の保育は,子どもたちの大好きな先生たちに任せようっと。

 と,自分を許せると,少しおおらかに,子どもたちの喧嘩を眺められそうな気がします(「気がする」だけですけど)。

 そうそう。私自身は4人きょうだいです。ポテトチップス,うちの家では4分の1,二人きょうだいだと2分の1,この差は憧れでした(笑)。でも,この欲求不満のおかげで,「なにくそ根性」や「手に入れたいから頑張る!」という気性が生まれたのかもしれません。

 Hちゃん,2分の1は,めっちゃ良いやん!おばちゃん,うらやましいよ,と,よろしくお伝えください。インタビューの協力までしてくれて。

 そして梅崎パパ。帰省中なのに仕事をさせてしまい,ごめんなさい。これで今回は終わりますね。純粋パパにお戻りください!ありがとうございました!