サイエンス・リポート Science Report » »タイトル一覧へ戻る



適合性の良さをつくる

矢澤 圭介

掲載:2010年4月15日




 子育てに関係する、発達臨床的な問題の捉え方の1つに、トマスとチェス(1977、邦訳1981)の「適合性の良さをつくる」があります。子どもが不適応を示したとき、その原因をその子どもに求めるのでも、養育者に求めるのでもなく、両者の「歯車が噛み合わない」出来事として捉えるのです。例えば、授乳後もずっとぐずってなかなか寝つかない子どもに、母親が苛立っている。その場合、生理的に不規則で新刺激に回避的で機嫌が悪い、「育てにくい」気質(生得的な個性)をもつ子と受け止め、できるだけその特徴に合わせてスムーズな相互交渉が維持されるようにします。また、自閉症と診断された3歳児が、保育者の遊びへの誘いにすべて「いや」と拒否している。この場合、その子に遊びの主導権をもたせ、子どものことばや音声をまね、気持をくんで「嫌だね」と代弁するといった関わりをしていきます。それによって不安を取り除き、まず、親しい関係を築きます。

 つまり、子どもの気質・個性や状況・障害に適合した環境を提供して、子どもが発達する上で不可欠な対人関係、そして学習経験を保障していくのです。現在、高齢者・障害者が地域社会で円滑に生活できるよう、バリアフリーな街づくりが進められています。その発想には共通性があります。個々の子どもの気質や障害に応じて、「バリアフリー」な環境を提供しようとするからです。

 ところが、作業療法士の藤原茂は、施設の中にあえてバリアをつくり、脳卒中、リューマチなどによる障害をもつ利用者の創意工夫を引き出すリハビリを行っています。押しつけのリハビリでなく、バリアが目標を生み、自力で取り組んだ結果の達成感が、つぎの意欲を生む。これを「バリアアリー」と呼んでいます。安全、快適ばかりが強調される子どもの環境に、抵抗感を入れていく。同じ発想が「森の幼稚園」や「里山保育」の実践にはあるように思います。

 混迷する子育て(保育)の環境・文化を、「バリアフリー」と「バリアアリー」の両方の観点で点検していく。その必要を、筆者は痛感しています。

【著者紹介】

矢澤 圭介: 立正大学 社会福祉学部 人間福祉学科教授