心理臨床の現場とコロナ

加賀谷 崇文(資格認定部門長)

 新型コロナという名称が社会を賑わせ始めた2月、3月の時期、私が勤務する短期大学は、ちょうど学生の実習も終わり、卒業式がホテルから学内変更という影響はあったものの、大きな混乱はありませんでした。ところが、3月下旬からどんどん状況が悪化し、先行きが見えないまま自宅待機が始まりました。

 私も、時々行われる会議のために出勤はするものの、電車に乗っても人は少なく、最小限の仕事をこなしたら自宅にすぐに帰るという生活で、このままどうなるのだろうという不安でいっぱいでした。ただ、自宅では妻や子どもたちと顔を合わせて食事をすることができ、そのことだけは嬉しかったのを覚えています。

 私は、本来の仕事以外に心療内科で臨床心理士としての活動も行っています。ご存知の通り医療機関は、このような状況では対面で活動を行うことは必須ですから、いつも通りカウンセリングも行っていました。

 ただ、しばらく家にいると、外の世界は何か恐ろしいようにも思えて、クリニックに行く時には何か覚悟を決めて仕事に行きました。クリニックに着いてみると、何件かのキャンセルはありましたが、思っていたよりも予約は入っていました。

 私が今担当しているクライエントは、長いお付き合いの方が多いのですが、社会の状況が変わる4月はストレスが多く、元々調子を崩しやすい時期でした。ところが、カウンセリングを始めてみると皆さんあまり調子が悪くありません。元気というわけではありませんが、いつも通りなのです。色々と話を聞いてみると、普段周囲の動きに比べてどうしても動けないことからくる焦りが、色々と停滞してしまった状況では気にならなくなっているようでした。

 また、いつもは神経質にマスクをしてくるクライエントがたまたまマスクをしないで来室したこともありました。もちろん、通院の道中ではマスクをしていたようですが、熱がないことなどがはっきりしている私の前では感染のリスクがないと判断したようでした。今「神経質」と表現しましたが、いつの間にか私の方がクライエントよりも神経質になっていることに気づき、ちょっとおかしくなってしまいました。

 さらに、社会的に在宅ワークが続いていく中で見えてきたことがあります。それは、何人かの成人したクライエントが、これまであまり話題にしなかった父親との関係を口にするようになったことです。家族全体が家にいるコロナ下では、それまで希薄だった父親の存在感が増し、場合によっては父親との関係が好転していくきっかけにもなっています。このことは、我々の社会における子育てが如何に「父親不在」で行われているのかという再確認にもなりました。

 もちろん、たまたまこのタイミングで新しいことにチャレンジしたクライエントにとっては、ただでさえストレスが多い上にコロナ対策が加わることでチャレンジが失敗に終わるなどの悪い影響もありました。ただ、クライエントと接していく中で、それまで不安で一杯だった私にもポジティブな気持ちが生まれてきたのも確かです。

 我々は今後コロナが収まっていく中で、コロナ以前の社会を取り戻していくのではなく、現在の状況の良い部分も見出し、新しい社会を作り出していかなければならないと思います。子育て学会の活動でも、これからの社会、子育てをより良いものにしていく活動ができれば良いですね。クライエントと話をしながらそんなことを考えました。