
著者:東田 直樹
出版社:株式会社エスコアール
出版年:2007年
出版社書籍案内ページ:https://escor.co.jp/products/products_item_books_naokisbooks03.html
評者:渡辺 直人(会員)
投稿日:2026年4月6日
1.はじめに
本書はすでに広く知られた書籍であり、それは日本国内にとどまらない。現在までに約30か国以上で翻訳・出版されており[1]、2020年にはイギリスで映画化されている[2]。
本書は刊行から10年以上経過しており、新刊とよべるものではない。しかし、教育現場には依然として多くの課題が山積し、多様性や特別支援教育、人間・子ども理解の重要性がいっそう高まっている昨今において、今でも高い意義を持つ本であると考える。
本書を紹介するにあたって、著者についても説明する必要があるだろう。著者の東田直樹氏は、エスコアール出版社公式サイトによれば「会話ができない重度の自閉症者」[1]であり、執筆当時は13歳の中学2年生であった。
本書は学術書でも教育実践書でもない。自閉症当事者である著者自身が、自らの行動の理由や内面を語り明かした本である。
では、会話が困難とされる東田氏は、どのようにして意思疎通を行い、執筆活動を行っているのか。東田氏は、文字盤を用いたコミュニケーションツールによって、自らの考えを表現している。この方法は、母である美紀氏によって考案されたもので、東田氏が文字に強い関心を示したことをきっかけに、厚紙に書かれた五十音表を指差す練習から始まったという[3]。現在では、パソコンのキーボードと同様の配列をもつ文字盤を用い、ローマ字入力のような形で意思表出を行っている[4]。
一方で、このような画期的なツールを用いたことで、瞬時にコミュニケーションが取れるようになったわけではない。東田氏は「文字盤さえあれば、内面を表出できるわけではありません。僕が、本当の自分の言葉を人に伝えられるようになるまでに、長い時間がかかりました。」[4]と述べており、また上述のインタビュー記事にも「小学2年生の頃から母と学習を始めた」[3]と記されている。これらのことから、母の美紀氏・東田氏が、長い時間をかけて共に取り組み続けた、そのたゆまぬ努力の連続により可能となったことがうかがえる。このような背景を知ることで、本書もより深く読み込めると考える。
2.本書の構成と内容
本書は、58の質問とそれに対する回答で構成されている。構成は以下の五章とショートストーリー・短編小説からなる。
第一章 言葉について――口から出てくる不思議な音
第二章 対人関係について――コミュニケーションとりたいけれど……
第三章 感覚の違いについて――ちょっと不思議な感じ方。なにが違うの?
第四章 興味・関心について――好き嫌いってあるのかな?
第五章 活動について――どうしてそんなことするの?
(その他、ショートストーリー、短編小説)
取り上げられる質問は、言葉、対人関係、感覚の違い、興味・関心など多岐にわたる。例えば「なぜ大きな声を出すのか」「質問された言葉を繰り返すのはなぜか」「跳びはねるのはなぜか」「手をひらひらさせるのはなぜか」「同じことを繰り返すのはなぜか」「なぜパニックになるのか」など、周囲が疑問に感じがちな行動に関するものである。
東田氏は、これらの問いに対し、真摯に、率直に答えていく。58の回答を通して浮かび上がるのは「内的な意思・思考・感覚と、外的な表出・行動との乖離」である。
一部紹介すると、例えば「なぜ大きな声をだすのか」という問いに対しては、出したくて出しているわけではないという。東田氏は「反射のように出てしまう」[5]と説明する。また「なぜくり返し同じことをするのか」の問いについては、東田氏は前置きに、好きでもなければ自分の意志でやっているわけでもないと説明する。そして「脳がそう命令する」[6]のだと述べている。このように、自身の思いや考えが、直接的に行動と結びついているわけではないことがわかる。
その他、東田氏は自閉症者の行動についても述べる。外から見て奇異に映る行動であっても、本人は何も感じていないわけではないという。むしろ、周囲に迷惑をかけてしまうことに最も心を痛めているのは、当事者自身であると東田氏は語る。東田氏は「人に迷惑をかける行為であればやめさせてほしい」と言う。そして、「人に迷惑をかけて一番悩んでいるのは、(自閉症の)本人自身」[7]なのだと述べる。
本書が示しているのは、表面的な違いが、そのまま内面の違いを意味するわけではないということである。人々が日常で得る「感じ」「悩み」「考える心」、そういった人間が持つ気持ちや感情は健常者と遜色ないもので、自閉症者だからといえども決して異質ではないことがわかる。
3.おわりに
人が千差万別であるように、自閉症者もまた一人ひとり異なる存在である。本書は、自閉症者の内面を当事者自身の言葉で明らかにした稀有な書であると同時に、あくまで一つの事例であることも忘れてはならないだろう。すべての自閉症者が同じ感じ方や考え方をしているわけではないとも考える。
しかし、本書が示した「内面に耳を傾ける」という姿勢そのものは、すべての人間理解に通ずる普遍的な価値をもつと思う。行動の背後にある声なき思いに耳を向けること、その姿勢は、特別支援教育のみならず、社会全体に求められているのではないだろうか。
参考文献
[1] エスコアール. 自閉症の僕が跳びはねる理由 特設サイト. https://escor.co.jp/landing/tobihaneru/index.html, 2026年2月9日取得.
[2] IMDb. The Reason I Jump (2020). https://www.imdb.com/title/tt9098928/, 2026年2月9日取得.
[3] 産経新聞 (2018). 文字盤の会話で生の実感 自閉症の作家・東田直樹さん(26). https://www.sankei.com/article/20180830-VZMZBUYXOJMIRDIF7C3MQK7XII/3/, 2026年2月9日取得.
[4] 東田直樹 オフィシャルサイト. プロフィール. https://naoki-higashida.jp/profile/, 2026年2月9日取得.
[5] 東田直樹 (2007). 『自閉症の僕が跳びはねる理由 ~会話のできない中学生がつづる内なる心~』. エスコアール, (千葉), p.14参照.
[6] 上掲書, p.124参照.
[7] 上掲書, p.128参照.
【評者】
渡辺 直人(仁愛大学 栄養・子ども学部 子ども教育学科 講師)