市民参加型の、新しい学会のかたち。

『多文化共生保育の挑戦 -外国籍保育士の役割と実践─』

著者:佐々木由美子(会員)
出版社:明石書店
出版年:2020年
出版社書籍案内ページ:https://www.akashi.co.jp/book/b517068.html

評者:新谷和代(会員)
投稿日:2021年12月17日

 著者が「外国籍保育士の役割」という多文化共生のテーマで,フィールドワークを行った場所は,群馬県大泉町という工業団地の町です。その町には,労働力不足解消のために,外国人働者を積極的に受け入れてきた歴史があり,2020年現在,人口に占める外国人の比率は19%にのぼり,多くが日系のブラジル人またはペルー人といいます。著者はまず,多文化共生の町づくりの一環である,子どもの遊び場「わくわく広場」について,実践での課題の生起と活動体制の変容を,エピソードを交えながら報告しています。次に,その町の保育園が多文化共生保育を行う中で,外国籍保育士が,来日まもない外国籍の園児たちをどのように見守り,課題に向き合い,支援しているかを,時には子どもと保育者の様子を参与観察しながら,そして外国籍保育士や園の関係者,外国籍保護者にもインタビューしながら,その記録を質的に分析しています。その結果,コミュニケーションの問題,生活習慣や食習慣の問題,そしてやはり言語習得についての課題が大きなものであることが,明らかになりました。

 本書での,以下のエピソードが目に留まりました。ある外国籍保育士が園庭で,日本語がまだ理解できない外国籍の男の子に向かって,「何してるの?」とその子の母国語で問いかけました。この保育園には外国籍保育士が勤務していましたが、他のクラスを担当していたため、この時が初めての出会いでした。その子は驚いて「ぼくのことわかるの?」と母国語で反応したそうです。その子の喜びは,どんなに大きかったことでしょう。「やっと言葉で伝えられた,気持ちが伝わった!」という,小さな心の叫びが聞こえた気がしました。またこの一連の会話は,外国籍保育士への別のインタビューで語られた,「日本語を話せない子は不安だろうな,ポルトガル語(ブラジルの母国語)で話しかけたら安心すると思う」という,共感的な語りとも繋がっているように思えました。著者はこのような気持ちを,カタルシス効果,バディ効果を用いて解釈していますが,その二人には同じ苦労を持つ仲間としての共有感が生まれ,将来その子どもが,そのような悩みを持つ者を助ける役割モデルを持つきっかけになるという解釈にも,とても納得しました。またその保育士は,「ポルトガル語の絵本の読み聞かせや手遊びも(子どもたちに)してみたい」とも語っています。このような自国文化に対する優しさや誇りとも感じられる語りが,外国籍保育士の職業としての専門性やその人の個性を,更に立体的に浮き彫りにしているように感じられました。その点でも,本書のまとめの中の,「多様な文化」の共生ではなく「多様な人々」の共生をめざす,という言葉は,とても印象に残りました。

 今の世には,スマホに言葉を発するだけで瞬時に翻訳され,音声にもなる便利なソフトがあります。しかし「保育」という現場には,そのようなソフトを使う際に生じる数秒の時間さえももどかしい,保育者と子ども,または子ども同士の,「今ここで」という感情を揺さぶるような,濃密なやりとりがあります。本書には,外国籍保育士は外国籍の子どもたちにとって,日本語を母国語とする保育者や子どもたちとをつなぐための,言語を操る「翻訳者」のみならず,相手の気持ちや感情をも伝えることができる「媒介者」として存在することが記されています。そしてその記述を目にする読み手にとっても,他文化であれLGBTQであれいじめであれ,それに触れたときの根底に潜む,異なる意見や価値観に無頓着で,時には排除的にもなりかねない自身の気持ちに気付かせ,その解決のために自身の行動を変容させる,ひとつのきっかけになるのではないかと思いました。

 


【評者紹介】

新谷和代(足羽山ATARASHIYA)
東京から福井に移住し,夫と共に花見茶屋を経営しています。大学教員時代の研究テーマは,「地域ボランティアを通した世代間交流と参加者の発達」。今は北陸という地域,茶屋というフィールドで更に実践しています。


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